雑文録

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【あらすじ千本ノック】終わらない14歳の終わり【五本目】

その女学院には奇異な慣習があった。14歳の誕生日を迎えた者は、まだ15歳の誕生日を迎えていない者から“少女”を演じることを教えられる。

“少女”は真っ白なワンピースドレスを着ている。麦わら帽を目深に被って目元を隠している。髪はなるべく長いほうがよく、染められていない黒髪である。“少女”は人通りの少ない場所で一人きりで居る人間の前にしか現れず、感情を見通すことのできない微笑みを口元に浮かべており、ほとんど言葉を交わすことはないまま何処かへと去ってしまう。

それは女学院の設立した当初に誰かが始めた“14歳の少女にだけ演じられる想像上の人物は、永遠に14歳の少女として実在し続ける”という遊びであった。

演じる者は“14歳の少女”の素性に一つだけ自身の秘密を付け加えて、日常生活の中で明かすことのできない本当の自分を、演じている“少女”である間だけ曝け出してもよいという決まりがあった。

それらの“秘密”とは往々にして後ろ暗いか傷痕のようなものであり、その暗闇だけを受け継いで“少女”の人格はより豊かなディティールを持つようになっていく。何時しか“少女”はただの遊びではなく、誰かに言わずにはいられない悩みや苦しみを託された、誰のものか分からない秘密の集合体となっていた。

その“14歳”という架空の存在に興味を持つ部外者も少なくはなかったが、女学院でその真実を知るものは決して“秘密”を明かすことはない。14歳を過ぎた者は“少女”を演じることは許されないが、自らの知られたくない恥や暗部がその中にあるからだ。

“少女”は包丁を隠し持っており、今までに何人かを刺し殺している――そういう秘密が誰かの本当の過去から受け継がれ、女学院の中には人気のない場所での刺殺事件が多発する。14歳という若気の至りによってのみ演じることのできる“少女”の人格は、しかし14歳という未熟な心にたやすく影響を与えるだけの狂気を持っていた。

犯行者は“少女”であり幾人居るかも分からない14歳の生徒達の全員であり、そして歴代の“少女”しか知りえない女学院の秘密の通路や、誰かの成し遂げた完全犯罪のやり方という“秘密”を知っている。14歳を過ぎた上級生たちも年を追うごとに過激になっていく“秘密”の中に、明かせば自らの人生が破滅するような過去を隠している者ばかりで、また多くの教師もその女学院の出身であるため“少女”の殺人事件への捜査は難航する。

遠久永子(トワA子)は13歳の頃から狂っていた。秘密を“永遠の十四歳”に託されるまでもなく実父と関係を持ち、複数人を残虐な方法で殺したことがあり、名は知られているが顔を知られていない画家であり、上級生を“下僕”とした主従関係や下級生を“お姉さま”と呼ぶ爛れた関係を持っていた。

A子はその風習を知らされた14歳の誕生日に“少女”だけが知っている隠し場所から拳銃を持ち出し、誰も見ていない桜の木の下でロシアンルーレットを行い、そして15歳の誕生日を迎える前に“少女”の新たな秘密を14歳となったばかりの同級生や下級生に伝えた。

“14歳の少女”には14歳を迎えてすぐに、リボルバーの拳銃に一発だけ弾を込めて五回引き金を引いたという秘密が与えられた。それ以来、その女学院で狂った“永遠の14歳”の姿を見る者はほとんど居なくなり、けれど14歳の誕生日を春に迎えた者がごく稀に、桜の木の下で自らの頭を撃ち抜くという事件が発生するようになった。

それから十数年後、美術講師となり女学院に戻ってきた遠久の日課は、桜の木から人通りが絶えるとデッサンを始めることだ。そこで白いワンピースに麦わら帽子を被った少女が、リボルバーで頭を撃ち抜く光景が見られると、遠久は少女を桜の木の下に埋めてやって拳銃を元の“隠し場所”へと戻すのだ。