雑文録

とりあえず書いたものを置いておく用

【あらすじ千本ノック】■契約の豆腐[Unity cube]■【三本目:執筆中の書き出し部分】  

 

神は人間の文明が悪徳を極めた時に、大火を降らしたり洪水を起こして滅ぼしたといわれています。それは決して怒りや戒めのためではなく、羊毛が増えすぎた羊に毛刈りを行ってやるようなものなのです。滅ぼされた悪徳の文明は、過去に存在した風習として後世の人間の創作物(や教訓)に役立てられたり、悪徳の中に残っていた物質的繁栄の残骸から新たに健康な文明が芽吹いてきます。言い方を変えれば焼き畑農業のようなものですね。

そして前史の人間は、インフラの過剰な発達による快適性を無視した経済発展、通信機能の進化に伴った無駄な広告などの有益でない情報の増大に悩まされるようになっていました。そこで神様はまた何かしらの災厄を引き起こした結果、インフラによって災厄はまたたく間に全世界に拡散されて、デマや不安を煽る情報ばかりで混乱した人類はとうとう地上から姿を消してしまいます。これは、その数十年後から始まる物語。

 

「はー、それでアンタが神様とやらで、また洪水とか火事とか起こす前段階の警告をしにきたってこと?」

「いや、だから我はその使徒といったもので……おい捨てるでないぞ、仮想空間のワールドとやらに入ってくるのは大層骨が折れたのだからな。貴様ら人間は寝るときまでヘッドディスプレイを被って仮想空間で寝ようとするから、現実でお告げをすることができんのだ」

 

 少女が面倒くさそうに話しかけているのは、手に持っている石板……というより箱でした。それもただの箱ではなく文字が浮かび上がっては消えていき、次々と模様を変える不思議な光が表面を走っている箱でした。それはソドムとゴモラの時、ノアの大洪水の時にも現れて、前者の時は人々に不吉な報せとして災厄を予告して、後者の時にはノアに箱舟を作らせた神様からのメッセンジャーでした。直近のやつでは落とし物のスマホと勘違いされて無視されたので、ちゃんと立方体にしたのでした。少女は呆れた顔で言いました。

 

「“豆腐”じゃん、モデリング素人かよ」

 

 少女と箱が居るのは仮想世界の中でした。“豆腐”とは、仮想現実で少しでも自分らしい姿(これは現実の肉体に近いという意味ではなく、自分という人格を分かりやすく主張するものや、自分にとって美しいものや格好いいものの具現化ということです)や自分にとって居心地のよいワールドを作ろうとしたものが、3Dモデリングソフトやゲーム作成ソフトで最初に目にして最後まで悪戦苦闘することになるデフォルトの立方体の俗称でした。

 

――とりあえず少女が箱を拾った時間までさかのぼってみましょう。

 

UDON毛刈り』と呼ばれるワールド内で、少女ニラヤマは羊の毛刈りをしていました。通信負荷軽減のために直方体パーツの組み合わせで作られた簡易な羊に、ワールド内に置かれた毛刈り機をピックアップして押し当てると、羊毛を表す白い直方体が飛び散った毛のパーティクルを散らしながら小さくなっていきます。ニラヤマの手にも毛刈り機がバリバリと毛を刈っていく振動が、握っているコントローラーを介して伝わってきます。

手の位置情報をトラッキングするコントローラーを握りこんで、VR内で手に持った『毛刈りの器具』を『羊毛』に触れさせたと判定されている間はバイブ機能をONにする。基本的に“触覚”と呼ばれるものは、その手触りや質感を過度に追い求めなければその程度で十分なのです。この時、どうやって毛刈りの器具と羊毛が触れたと判定するか、そして羊毛が刈られるようなエフェクトを発生させるかというのも、22世紀では小学校で習います。

まず毛刈りと羊毛の接触にはコライダー(衝突判定)を使います。この衝突判定というのは必ずしも物理的にぶつかって跳ね返るようなHAVOK神の眷属だけでなく、プレイヤーやワールド内の特定のオブジェクト同士にだけ作用するコライダー属性を用意すれば、触れるだけで明かりを点灯させるスイッチや接触感知型のトラップも作れます。毛刈りと羊毛に設定された専用のコライダー同士が接触することをトリガー(切っ掛け)として、コントローラーへの振動と羊毛オブジェクトの収縮というイベントを発生させるのです。

毛刈り機を置いて休憩していたニラヤマは、コントローラーが一瞬ブッ、と振動したことで手に何かを握らせられたことがわかりました。それは箱でした。ニラヤマは箱をしげしげと眺めた後、とりあえず中指トリガーを外して地面に置いて、それから再び持ち上げて人差し指トリガーで『使用』できないか試して、その後『手を放すとその場で止まる』のか『手を放すと与えられた勢いと重力に従って落下する』のかオブジェクトの設定を試すために、野球選手のように思いっきり振りかぶったところで声が聞こえました。

 

「ん我はァっ!神の使徒として汝らに警告を告げに来たものであるゥっ!」

「あっ」

 

ニラヤマは急に聞こえてきた声に驚いて、若干早く手を離したせいで垂直上方に向かって箱はすっ飛んでいきました。どうやら手を離すと重力と勢いに従って放物線を描くタイプのオブジェクトのようで、ニラヤマが「えっなになにワールドの隠し要素?ユーザー名表示されてないしプレイヤーとかじゃないもんね」と誰も返事をする人が居ないと分かっていながら驚いた声を出しているうちに立方体は落ちてきました。その間にニラヤマは箱がただの豆腐ではない可能性に思い当って、外向けの声を作って豆腐に話しかけました。

 

「……ああゴメンね、シェーダー系の人かな?ネームプレートと実際のアバターの位置をずらすのは聞いたことあるけど、他ユーザーへのピックアップ判定持たせされるのは知らなかったな」

 

マテリアルは使用するテクスチャ(絵)の参照や敷き詰める密度や基本色、表面に当たる光の反射といった設定で金属や布といった質感を作るために調整する部分です。そしてマテリアルに使用できる設定は、マテリアルが使用しているシェーダーによって異なります。シェーダーは小さなスクリプトで光の反射についての計算アルゴリズムといったものを含みますが、それだけでなく羊毛と毛刈り機の『接触判定』や石板に文字の『テクスチャをアニメーションさせる』といった機能を担うかなり大事な部分です。

仮想空間にはアマチュアから販売サイトで商品を売ってる人、別の仕事でその技能を使っているプロまで様々な人がコンテンツを発信していますが、シェーダー開発者は独自ギミック付きのワールド(C♯をベースに作られた仮想空間専用のプログラミング言語UDONの名前を最初につけていることが多いです)と並んで、本格的なスクリプト技能が要求される珍しいジャンルです。この系統の人はアバターに関しても不思議な芸(カメラや鏡にしか映らなかったり、ネームプレートの遥か遠くで動くことができたり)をします。

 

「オブジェクトでもユーザーでもない!ん我はァっ!神の使徒として汝らに警告を告げに来たものであるゥっ!」

 

豆腐はさっきと同じ調子で叫びました。だいぶ回転をかけて投げられましたが、HMDを着けた人間ではないので3D酔いはしていないのでしょうか。「……ゔぉエッ」してました、でも石板はゲロを吐けませんし現実でゲロを吐いてもVR内までは汚染されないので大丈夫ですね。妙なやつですがぶん投げてしまった手前その場を離れるわけにもいかないニラヤマに、箱はソドムとゴモラとノアと前回の災厄とかの話をして“豆腐”と呼ばれたのです。

時代は――変わりました。古代において超自然的な構造物として神聖視されていた完全な立方体は、全てが人工デザインの仮想世界では最も簡易でありふれた形となってしまったのでした。仮想空間の住人にとって自分のトラッキングが正常に働いているか、そして喋っている相手と自分のアバターを同時に視界に収めておくために欠かせない鏡のスイッチも、作ったワールドのテスト時にオブジェクトを軽量化する際に差し替えるのも、全てがデフォルトカラーの灰色をした“豆腐”なのです。

 

「何故だ!?この戒律が記された超常の立方体を目にして、どうしてそこまで敬意を持たん!?」

 

「超常って……テクスチャに文章書いてスクロール系のシェーダー入れてんでしょ?それともレイマーチング?あと使徒ってさ、エ〇ァで見たラミエルみたいなもの?あれが神聖な出で立ちだっていうのがよく分かんないんだよね。正八面体モデリングして宝石風シェーダー買えば、半透明で鏡面っぽく風景を反射させるくらい今時幼稚園児でもできるよ。まあ戦闘中のビームとかはパーティクル使ったパリピ砲で、変形までさせるとアニメーションとか結構勉強しないといけないかな」